共通テストに思う
おばちゃんが受けた頃は共通一次、娘はセンター試験の最後の世代です。現在の共通テストになって試験内容が様変わりして、受験生は悲喜こもごもだと予想します。
英検1級のおばちゃん目線で共通テストについて語らせてくださいな。因みに今年のものはまだ解いていません。悪しからず。
一言でいうとTOEICに似ているなです。
どんな点が似ているのか?
まず、読ませる量が多い、長い。
そして問題の難易度がバラバラ。ただでさえ時間がギリギリのところへ一つ二つとんでもなく難しい問題があり、その沼に入ると相当な時間のロスになります。それを知らずに解き始め、こりゃ終わらんと焦ったおばちゃん💦
命からがら抜け出して残りの問題を解くとあとは超簡単。一般の受験生はここでリズムを崩して撃沈するだろうなという地雷問題が毎年仕込まれています。TOEIC も素知らぬふりして難問が所々散りばめられていて、時間を奪います。しかも配点は同じ。そして恐ろしいことに読める人だからこそ、読んでしまう。なのにマークシートで適当に塗り潰した人と取れる点数が変わらないばかりか、後に続く簡単な問題を解くための膨大な時間と体力を失っています。
なんと非情な世界。努力は必ず報われると言いたいが、マークシートの場合はそうとも言い切れない。
じゃあその問題捨てればいいじゃん!
はい、その通り!
しかし、そこに大きな問題があります。
あなたはどの問題が地雷問題か分かりますか?
これはある程度実力(英検準1レベル)がある人であれば、実践を積んで体得していくことができます。んで、どーしてもそれを回避したいあなた
はい、英語外部試験を受けてください!
次回はその理由を解説するよー!
英検二次試験を受ける皆さんへ
一次試験合格の皆さま、おめでとうございます。次は二次試験ですね。
おばちゃんは英検が好きな割には二次試験は3回しか受けてません。
なぜなら、2級から始めて1級まで全て1回でパスしたから。そう、不合格になったことがないんです。と言うわけで、おばちゃん的二次試験のポイント(主に準1級以上)を語ってみたいと思います。
まず入室後、自己紹介がありますね。あれは採点されないと言うのは知ってる人が多いと思います。
でもね、試験官も人間です。印象は左右されます。で、好印象を得るためには何が大切だと思います❓これ、以外と知らずに大損してる人多いんですよね〜。
それは、
長々と喋らないこと!
皆さん真反対のこと思ってたんじゃあないですか〜?
それ今日からやめましょうね。
あれはウォーミングアップのようなもので、試験官に聞かれたことに対して軽く受け答えすれば十分です。
なぜなら英検の面接は一人あたりの時間が決められているから。長々と自己紹介を1分もされたら試験時間がなくなっちゃいます。特に午後は面接官は疲れているし、早く試験を終わらせたいのが本音なんですね。
ネイティブの試験官は露骨にわかります。
試験の質問に対する返答についてもおばちゃんは迷ったら短めに回答しました。長々と話してボロが出たり、突っ込まれたりするのを避けるためです。ここは意見が分かれるところだとは思うけど、長く話さないと不合格になるわけではないんです。あくまで採点ポイントを満たしているかどうかが重要です。とはいえ、試験官も採点に迷うケースが出てきます。不必要に長い返答は試験官を迷わせることにもなるので、避けた方が親切ですね。
と言うわけで、試験官が採点し易いクリアーな応答を心がけましょう❗️
本日はここまで
おばちゃんの英検 花の東京編
そう、おばちゃんは何かと遅咲き。本当は大学も東京に進学したかったけど当時女子の高卒後の進学率は3割にも満たない時代。やっとこさ許されたのが京都にある私立の短大。初めて親元を離れて寮生活を送ったおばちゃん。いや〜楽しかった。何なら一生京都、いや関西に住んでもいいとさえ思ったよ〜。結婚後に移り住んだ静岡も良かった。ぶっちゃけ自分の出身地以外ならどこでも楽しめるんじゃ?と思ってた矢先に住み始めた、とある地方でおばちゃんは大変しんどい思いをすることに。暗黒の10年…。うちの子どもには発達障害があり、当時の田舎の常識は現代の東京のそれとはかけ離れたものがありました。そんな折も折り夫の転勤で東京に行くことに。青春時代の夢であった東京行きにおばちゃん小躍りしましたよ。と、随分と前置きが長くなってしまいました。英語の話に戻ると、英検2級を軽く9割超えの点数で受かったおばちゃん、次は準1級だとばかりに過去問を解いてみて、愕然。半分も解けないではないか〜。そうなんです!2級と準1級の間にそびえ立つ高い壁。それを初めて知った瞬間でもありました。
TOEIC リベンジからの英検2級
それまでフリーカンバセーションに充てていた時間をTOEICのリスニングの過去問に充てて挑んだ久しぶりのTOEIC。なんと、リーディングのパートでマークずらしをやらかし慌ててマークをし直すというアクシデントに見舞われながらも、スコアは700にあと少し足らず…。マークずらしは悔やまれるけど、とりあえず履歴書には書ける。先生の見立ても正しかったし私の英語力は間違いなく上がっている、ということが証明された瞬間でもありました。それまであまり英語の勉強方法について考えたことはなかったけど、近道はないけど効率的な方法はあるのではないか?と思うようになりました。勢いづいて英検2級も受け、1次試験は軽く9割以上で合格、2次も一発合格ということでめでたしめでたし、と言いたいところではあったのですが…。
花の東京編に続く
おばちゃんTOEICを受験
その後転勤した先で出産。誰ひとり知り合いのない地で子育てが始まり、外に出歩くこともままならず、英語と言えば専ら通信教育のアルクやラジオ英会話でした。
その間やたら耳にするようになったTOEICを初受験、半年くらい対策をしたにもかかわらず、スコア400ちょっと。
はぁ〜、なんじゃこりゃ〜。もう二度と受けん!と心に誓ったのでした。
とは言え、何もしないことに耐えられないおばちゃん。下の子が3才になる頃近所に英会話スクールがあるのを発見💡
すぐに個人レッスンを始めました。
ここはネイティブの旦那さまと元某企業の通約をしていた奥様の個人塾で、日本人講師は通訳訓練法式のシャドウイング、その後ネイティブ講師と30分フリーカンバセーションを受けるという流れでした。今でこそシャドーイングって一般的ですが、当時は本当に珍しく今思えば画期的な指導方法でした。何の疑問も抱かずただだ英語を習えるのが嬉しくって、言われるがままに行なっていたシャドーイングの効果は絶大でした。そんなある日フリーカンバ中に何気にTOEICの話になり、ネイティブ講師から「あなたは今受けると750ぐらい取れるよ」とキッパリ言われました。それなりに対策して受けて500点取れなかった時点でTOEICとは縁切りしたはずが、ここでむくむくと生来の負けず嫌いが顔を出します。当時の私からすればスコア750は夢のまた夢、でも取れたあかつきには履歴書に書ける!よし、やろうという事になりました。はぁー、何という単純さ…。
おばちゃんの英語遍歴
おばちゃんは昭和のベビーブームの終わり頃、英会話教室も外国人もいないスーパードメスティックなど田舎で生まれ、18まで育ちました。
小、中、高校を公立とありがちな進路
そう、この環境の中で英語は学校で習うもの、受験に必要なものそれ以上でもそれ以下でもなかったのです。
その後京都のとある短大に進学することを許されたおばちゃん、しかし英文科ではなかったため英語は一般教養の授業のみ。
ただ、周りに観光地が沢山あったため、バイトの土産物屋でちょくちょく外国人環境客相手に英語を使う程度でした。
そんなおばちゃんが英会話の世界に足を踏み入れたのは25才過ぎ。大した野望もなく、素敵な英会話サロンが芦屋にあったから。いわゆるOLのお稽古ごとという感じかな?実は当時は英会話スクールって恐ろしく高額で、何十万という高額なローンを組まされるのが普通でした。なので英語は習いたかったけど習えず、月謝制のこのサロンを見つけた時はただ英会話が習えることが嬉しかったおばちゃんでした。
しかし、このあと想定外の事態、結婚をするはめになり(被害者意識全開)他県に引っ越しとなりそこは半年ぐらいで辞めました。
結婚後は相手が転勤族ということもあり、移り住んだ先で英会話スクールに通い始めました。
その頃のレベル
おばちゃん、ラジオ英会話もやっていてそこそこコミュニケーションも取れていたため、「え?留学行ってないの〜⁉️」と持ち上げらるレベル。海外旅行によく行っていて、困ることはない程度でした。この頃はただただ会話を楽しめればいいやという感じでTOEICも英検にも興味ありませんでした。
はじめまして、おばちゃんです
はじめまして。英検大好きおばちゃんです。
留学経験なしで
50過ぎて英検1級、TOEIC930取りました。
東京オリンピックでは選手村で働いていました。
普段は英語多読のカウンセラーをしています。
時々英語のスピーキングテストの採点官もしています。
趣味はバレーボール観戦
子どもの頃から全日本チームを応援してきました!特に石川祐希選手の大ファンです。
それから演劇、ミュージカル鑑賞
子どもと一緒に楽しんでます!
夢はおばちゃんメソッドを開発して、日本にいながらしっかり英語でコミュニケーションをとれる人を育てること
基本はゆる〜く、時には熱く英語について語っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします❗️